≪ 不死鳥物語 ≫

〜 第9話 教育再生と科学衛星 〜

遠藤栄造 (2006年11月)

◆ 美しい国づくりの安倍内閣が発足して早くも2か月余。発足早々には小泉前政権積み残しの、中・韓両国との首脳会談を実現し、友好ムードでアジア外交をスタート。その途端、水を差すように勃発したのが北朝鮮の核実験だが、日本が議長国 (大島国連大使) を勤める国連安保理において、手回し良く北朝鮮に対する制裁決議が全会一致で採択され、対話と圧力の安倍外交は一応順当に滑り出したようである。

学校のグランド
学校のグランド:
この頃は校庭で飛び回る
子ども達がまばら?
 安倍内閣が掲げる政策課題は多岐にわたる;曰く憲法改正の推進、教育改革、財政健全化、近隣諸国との対話前進etc..etc.。課題山積の中で特に優先的改革を標榜したのが教育再生。総理地元の山口県 (長州藩) で幕末・維新に多くの先覚を排出した吉田松陰の松下村塾を引用し、美しく誇れる国づくりの基盤として教育再生の重要性を訴えた。皮切りとして有識者による内閣・教育再生会議を立ち上げたことは先刻ご承知のとおり。
 とき恰も小中校における、いじめ・自殺問題の続発。受験優先を背景とした中高校における履修不足問題 (特に、公民、倫理、歴史等の教養科目) など、教育現場だけでなく制度全般に見直しを迫る情況が浮き彫りになってきた。ITに象徴される社会環境の急速な進化にも対応し、特に学童の心に響く教育体制のイノベーションが喫緊の課題と云う。総理は所信表明演説の中で、カタカナ単語 「イノベーション」 を繰り返したが、改めて辞書を見ると 「革新・刷新・新施策など」 のほかに 「創造的破壊−チャレンジ」 のような意味合いもあるようだ。小泉前内閣に続き改革の方向性を強調したものであろうか。

◆ 平素、教育問題などに特別の関心を向けている訳でもないが、いじめ自殺や虐待子殺しなどの痛ましい事件報道をみるにつけ、教育体制・社会の在り方に危うさを感じるこの頃ではある。愚生も世間に遅れないよう、徘徊老人よろしく手近なイベントや講演会を歩き回っているが、時たま教育関連で考えさせられるイベントに出合うことがある。

 先日、市主催・PTA後援などによるNPO法人の 「男女共同参画」 イベントに出て、深刻な議論を聞いた。それは中学生同士の恋愛・性行動、それに伴ういじめなどの問題である。 「恋愛は自然の成り行き、是認されるべき」 とする意見 (若手グループ) に対し 「心身発達途上の学童の教育環境に問題がある。自由と情欲を混同しているのではないか?」 との反論 (熟年グループ) も出た。思うに、これらの異見は、戦前の全体主義的教育の反省から、個人尊重・自由主義に大きく舵を切った戦後教育との世代間ギャップでもあろうか。
 しかし、何時の時代でも節度・礼譲・思いやりなどの普遍的・基本的マナーは変わるべきではなかろう。貝原益軒の養生訓 「七情を慎む」 を引用する迄もなく、未成年者まして婚姻適齢期 (男18才・女16才) 前の学童に対しては、ジェンダーフリーの履き違えではなく、健康的情操・躾教育の在り方に更なる工夫が望まれよう。学童のいじめや性の目覚めは、思春期のハシカのようなもの。学校教育・家庭教育の中でコントロールすべきであろう。岡目八目の老婆心!? ともあれ、安倍内閣・教育再生会議などでのイノベーションに期待したい。

◆ 一方成人の教育環境としては、当然ながら他力本願よりも、自己のモチベーション・研鑽・チャレンジ精神の昂揚が要であることは論を待たない。だが、社会での成功・前進には更に 「出会いと運命」 ;つまり良き師・仲間およびチャンスが欠かせないと云う。去る9月KEC主催の講演会で、JAXA (宇宙航空研究開発機構) の的川泰宣博士から、そのような感動的お話を伺った。
 的川先生はJAXA宇宙教育センター長も兼務される宇宙開発研究の第一人者。 「宇宙へのチャレンジ〜これまでの100年・これからの100年〜」 と題する、宇宙開発の歴史やエピソードを含めた蘊蓄あるお話しは流石であった。この講演会にはk-unetメンバーも多く見えており、それぞれ感慨を持たれたと思うが、幅広い講演内容の中で、特に筆者の印象に刻まれたのが、宇宙科学技術の急速な発展は 「好奇心と匠の心、そしてチャンス」 であると云うお話。それは 「美しく逞しい国づくり」 に通じるとして、宇宙開発の歴史を振り返り、日本の科学衛星の活躍などにも言及された。要点を纏めてみよう。

◆ これまでの100年を振り返る宇宙開発の歴史は、A.アインシュタインの 「相対性理論」 をはじめ、量子力学などの基礎理論の展開に始まるが、具体的な宇宙技術の開発は先の世界大戦を嚆矢として急速に進展した。ドイツ生まれの宇宙科学者、W.フォン・ブラウン博士の活躍は有名だ。彼が旧独でV2ロケットを開発、ロンドンなどをロケット攻撃して西欧諸国を震撼させた大戦末期の反撃は語りぐさ。敗戦とともに彼はロケット・チームを引き連れて米国に亡命、草創期の宇宙開発に携わり、遂にNASAのアポロ計画で人間の月面着陸を実現(1969年)、米国を宇宙開発のトップランナーに押し上げた。彼の飽くなき好奇心と匠の心は、政治のリードにより結実し花開いたわけだ。
 東側陣営において対比されるのが、旧ソ連邦の初期ロケット開発者として知れれるセリゲイ・コロリョフなどの科学者。国家政策の下で宇宙開発に活躍し、ガガーリンを乗せた人間衛星ボストーク1号(1961年)で当時のアメリカをリードする勢いであったことは知られるとおり。この米ソの宇宙競争において、それぞれの国家が威信を賭けて科学者の好奇心・匠の心を刺激し今日の宇宙科学技術の基盤を確立してきたと云われる。
  「アメリカ国家科学賞」 の栄誉に輝いたフォン・ブラウン博士はNASAを退いた後、インテルサット衛星の開発にも関係していた米航空宇宙産業のフェアーチャイルド社の副社長に就任 (1972年頃) している。蛇足だが、そのころインテルサット担当でワシントンに駐在していた筆者も偶々同社パーティに招かれて、博士にお目にかかり握手を交わす機会を得た感動を想い出す。

「はやぶさ」 のイメージ
科学衛星・惑星探査機
「はやぶさ」 のイメージ

◆ 次に日本の惑星探査機 「はやぶさ」 の活躍にまつわるお話を伺った。 「はやぶさ」 による小惑星 「イトカワ」 の観測情況については、しばしば新聞紙上を賑わしたので、既に周知のところだが、JAXAの観測チームによる感動的な活躍が紹介された。
 太陽を回る惑星の科学探査では、いまや各国の探査機が10余を数えるほど深宇宙で活躍していると云う。その中で日本の 「はやぶさ(MUSES-C)」 の 「イトカワ」 観測は既に数々の成果を挙げ、またサンプル・リターンの期待でも世界注目の的と云う。

ミューロケットM-V発射台
鹿児島県
内之浦宇宙空間観測所の
ミューロケット M-V 発射台

  「はやぶさ」 は2003年5月鹿児島県・内之浦発射場からM-Vロケットで打ち上げられ、20億kmに及ぶ深宇宙への飛行と想定外の困難を乗り越えて、2005年11月イトカワに到達。各種観測や惑星表面物質の採取などもこなして、近々地球帰還の途につくとか。太陽系の謎に迫る惑星形成の解明に多くの期待とともに地球到着 (2010年を予想) が待たれている。
  「はやぶさ」 は、イオンエンジンやスイングバイ航法などを応用する自律航法能力を備えるが、深宇宙での予想外の不具合発生もしばしば。その困難な追跡・コントロールに携わるJAXAの若手研究者チームの活躍が賞賛される;地球からの信号到達に2日間を要するような深宇宙での 「はやぶさ」 のコントロールには、多くの挑戦があり、新たな知見・発見も多いとか。ここでも若い技術者の飽くなき好奇心とチャレンジ精神で困難を乗り越えており、更に匠の心を育んでいると云う。

巨大アンテナ
宇宙への架け橋
臼田宇宙空間観測所の
巨大アンテナ

 なお、 「はやぶさ」 との連絡には、天体観測に活躍している長野県の 「臼田宇宙空間観測所」 の巨大パラボラアンテナ (直径64m) が活躍しているとのこと。かつて筆者もその巨大なアンテナを見学し、宇宙への架け橋を見る思いで感動したことを想い出す。

「イトカワ」 のイメージ
小惑星 「イトカワ」 のイメージ

◆ 小惑星 「イトカワ」 はペンシルロケットで知られる、日本の宇宙開発先駆者・糸川秀夫博士に因む命名だが、半世紀前のペンシル実験に始まる我が国の宇宙開発技術の進展が、今日の 「はやぶさ」 による惑星探査・その他科学衛星による天体観測・探査の展開に繋がってきたわけだ。的川先生は、糸川博士の功績を振り返り、その名言を紹介した。
 即ち”独創力が花開くには;粘り強いやる気・徹底した学習・そして出会いである”と。たゆまぬチャレンジ精神、それによって開ける運命が成功の鍵と云う。人類は、その命のリレーの中でチャレンジ精神をバトンタッチしながら発展・進化を遂げている。宇宙教育に情熱を傾ける的川先生は、好奇心と挑戦の心を持って匠の心を育てること、命を育んでくれる祖国 (祖先) の大切さ、そして日本人の矜持を強調して、講演を結んだ。

◆ 知られるとおり、われら現生人類 「ホモサピエンス」 の発祥は凡そ20万年前とされる。近年の細密科学であるヒトゲノム(DNA)の研究成果(1987年発表)として検証されている。つまりDNA遺伝情報の解析により、我らの共通の祖先である一人の女生、いわゆる 「イヴ」 が20万年前アフリカのサバンナに発祥。以来その子孫が増殖して地球各地域に拡散、それぞれの環境に適応し、それぞれの民族を形成、進化を遂げてきたと云う。現生人類の形質は20万年前のイヴからバトンタッチしつつ 「不死鳥」 のように永遠の命を繋いで今日の文化を育んできたと云う訳だ。
 縄文文化を色濃く引き継ぐ日本民族。この島国の環境に適応し特有の文化を形成してきた。吉田松陰は獄中の辞世で 「かくすれば/かくなるものと知りながら/やむにやまれぬ大和魂」 と詠んだ。大和魂には、好奇心・挑戦心、そして日本人の矜持を感じる。日本の誇れる文化そして日本人の矜持 (大和魂) を 「教育システムの再生」 にも生かして貰いたいと願う。全ては児童・学童から育まれる!? 岡目八目。

画像提供:宇宙航空研究開発機構 (JAXA)