不死鳥8

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〜 第8話 豪雪と衛星電話 〜

遠藤栄造 (2006年3月)
山間部の積雪
4メートルに達する山間部の積雪
(佐藤敏雄氏提供)
◆お彼岸を過ぎて桜の花便りがしきり、平年より半月も早い便りだ。厳しい寒さが桜の目覚めを早めたとか、 確かにこの冬は厳しく長かった。43年ぶりの記録的豪雪、特に北海道から北陸にかけての日本海側各地では 4〜5メートルを越す積雪が村落を埋めつくし、遭難事故、家屋の倒壊等の悲惨な被害が相次いだ。山間部では 村落孤立の危機も迫り、避難勧告を出した自治体もあったようだ。自衛隊の出動・ボランティアの活躍で除雪、雪おろし、 道路の確保は進んだようだが、寒暖の激しい異常気象は、この春先に向けても雪崩・落雪・洪水などの危険が迫る、 との警告もしきりである。
そんな豪雪の中で、部落を守りたい、故郷を離れられない、と云う高齢過疎地域で、衛星電話が活躍していると云う TVニュースを見た。お年寄り中心の20人程の山間部落が大雪で孤立難渋しているのを見かねた町役場は、住民全員を 収容する避難場所を町に用意した。しかし住民側は、部落を守りたいと団結し、役場の好意に感謝しながらも部落に 留まる決意を伝えた。住民の安否を気遣う役場は最後の手段として、部落の代表に衛星電話機を手渡し安否確認・ 非常対策の措置をとったと云う、ケイタイ圏外の山間部の話しである。

◆テレビで見たこの衛星電話機は、ノートパソコン型の指向性アンテナが付いた電話器。対向する衛星は確認できないが、 恐らくインマルサット衛星かNスタ−(ワイドスター)が使用されていると思われる。地上通信網が高度に整備されている 日本国内でも非常災害用として衛星通信が貴重な活躍していることはまことに頼もしい。

衛星電話機
インマルサットの衛星電話機・ミニM型
(KDDI/NSL社提供)
因みに、日本領域をカバーしている移動・携帯用の衛星電話としては上記の他に、かつて破産に追い込まれた米国の イリジウム衛星システム(低軌道衛星66個で構成)が最近復活しサービスを開始しているようだ。インマルサットと イリジウムの電話端末機器等は、KDDI/NSL社が国内の電波免許を得て利用者に提供している。
一方Nスター関係はNTTドコモ社が提供。なお、ほかにもアジア地域に衛星電話を提供するアラブ首長国のThuraya衛星、インドネシアの Garuda-1/Aces衛星等も日本をカバーしているが、電波免許などの関係で端末機器の国内利用は未定のようだ。

◆通信手段が多様化する中で、衛星通信システムはその特性を生かした方向で活躍している。上記のような非常災害時に 有用なのは、衛星システムが自然災害の影響を受けにくく、また小型軽便な端末機器で通信網の構築が容易・柔軟性にも 富むことなどが挙げられよう。BS/CS放送をはじめとする広域ネットワークの構築にも衛星システムが優れていることは 周知のとおり。

VSATシステムのハブ局
VSATシステムのハブ局アンテナ
パラオ大統領府構内
広域ネットワークについて言えば、インテルサットとインマルサット(インテル&インマル) は、創設当初から「全世界的無差別利用」の原則により公共インフラとしての「グローバル・システム」を担当して きたことが特筆される。それは、かつて電気通信の世界的発展状況をレビユーしたITU独立委員会の報告書「Missing Link」 に象徴される情報通信の地域格差の改善において、インテル&インマル・システムが大きく貢献してきたことである。 例えば、通信インフラの貧弱な途上国において、VSATシステムなどの経済的・簡便な衛星地上局の構築により国内通信網 の整備や国際網へのアクセスなどを可能とし、Missing Linkの輪を繋いできたことが挙げられよう。
この関係で ご記憶の方も多いと思うが、日本は国際協力の一環として、アジア近隣途上国はもとより中南米、アフリカ方面においても、 KDD関係技術者などの活躍により、インテル・システムを利用する衛星通信設備の導入が盛んに進められ、関係国から 多大の評価を受けたことが想起される。

◆実は、このグローバル公共インフラの使命は、民営化された今日のインテル&インマルにも継承されたのである。 つまり、国際機関体制にあったインテル&インマルは、1980年代後半から始まった別個衛星システムや光ファイバー 網などとの競争激化、さらにはニーズの多様化にも対処するため、生き残りを賭けて民営化の道を模索した。 20世紀末にはそれぞれ独占的な官業体制から脱却して身軽な民営企業体制に移行したことは先刻周知のとおり。 その間の10数年にわたる民営化論議のなかで、最大の課題の一つが競争サービスと公共インフラとの両立性を如何に 確保すかの問題であった。
結局、民営化後のシステムにおいて競争サービスを強化する中で、公共インフラの 使命も維持することが合意された。その仕組みとしてインテル・システムの公共的使命を監視・監督する政府間組織として ITSO (International Telecommunications Satellite Organization) が設置され、またインマルの民営化では、 公的業務である全世界的遭難安全体制 (GMDSS) を確実にするめ、同じく政府間組織のIMSO (International Mobile Satellite Organization) が存置されたことは、本コラムでも既に紹介したところである。
ソメイヨシノ
要するにインテル&インマルとも民営化に当たって官と民の連携体制を固め「グローバルな公的インフラ」の継続を明確 にしたのである。引き続きMissing Linkや今日的課題のDigital Divide改善の一翼を担って、更に不死鳥の如く息の長い 生成発展を遂げることを期待したい。

◆さて、地震大国日本で明らかになったマンション等の「耐震構造偽装」事件は、我々を震撼させた。利潤追求、 モラルの欠如、認定のあり方など要因は複雑に絡むようだが、安全・安心に対するルールの不備・官民連携の欠如が 基本問題として問われている。小泉内閣の「官から民へ」の改革推進;抵抗勢力の排除、時にはスピード感も必要だが 、国民の安全・安心の確認・確保の観点からは十分な議論を!また目指す小さな政府も民への丸投げにならないよう、 贅肉の取れた筋力質の体制構築を! 民意を代表する政治家の力量が問われるところだ。
官と民とのあり方が問われる中で、冒頭に紹介した豪雪山間住民と町役場とを結んだ 衛星電話は、官・民の心も繋ぐ絆として心洗われる話しではなかろうか!!
いよいよ桜前線が北上!豪雪地帯に安全な春・暖かい春が運ばれるよう祈りたい。