ラスベガスへ行った話 |
第 6 話 樫村 慶一 |
≪グランド・キャニオン≫ 観光案内には”グランド・キャニオンは、アメリカが世界に誇る、地球を代表する観光スポット”などと派手に書いてある。行く前は、ペルーのナスカの地上絵を見るように、小さなセスナ機に乗って、曲芸飛行よろしく渓谷の上を舞うように飛ぶのだろうとばっかり思いこんでいた。ところが全然ちがう。グランド・キャニオン観光とは、ラスベガスから約600km離れているグランドキャニオン空港まで遊覧飛行機で飛ぶ。この飛行機が、観光を兼ねて、1000米位の低空で飛び、ウエスト・リムの渓谷を上から鑑賞しながら、グランド・キャニオン空港に着陸する。空港からはバスでサウス・リムの途方もない壮大な規模の渓谷を眺め、感嘆して、大きな感動を胸に納め、同じルートで帰るという筋書きになっている。やっぱり、ラスベガスへ行ったらグランド・キャニオンを見ないわけには行かないだろうと思った。 ストリップ通りを北に抜けて、砂漠の匂いがしてくる辺りに、民間の小さな飛行場があり、遊覧飛行を催行する観光会社がいくつか入っている。其の中の一つ「シーニック・エアー・ライン」と言う会社を選んだ。この会社は、”皇太子も乗った安全な観光会社”、と言うのが宣伝のうたい文句だ。中小観光会社は競争で料金にも色々ある。このシーニックは一番高い。安全なのはいいが、具体的にどうゆう点が料金の違いに現れるのかが後で分かった。 同乗する一行は10人位で日本人は我々の他に若い夫婦の合計5人だ。搭乗前に機を背景にして機長と記念写真を撮る。記念には違いないが、万一事故のときの乗客の確認用に思えて、なんとなく嫌な気がしたものだ。遊覧用飛行機は地上が良く見えるよう翼が上についており、飛行高度も精々1000米か1500米くらいじゃないだろうか。此処で問題になるのが、窓の大きさと数である。私たちが乗ったのは、機種は分からなかったが、ターボプロップの双発機で、15人位は乗れる。600km弱を丁度1時間で飛ぶのだから速度も時速600km位であろう。離陸して20分位でフーバー・ダムが見えてくる。此処を過ぎるともうグランドキャニオンのウエスト・リムである。この辺から谷が抉られた渓谷が始まるが、まだ本物のグランド・キャニオンではなく、グランド・キャニオン国立公園の中でもない。それでも初めて見る渓谷の素晴らしさに度肝を抜かれている観光客には、これがグランド・キャニオンだと思ってもしかたがない。機内には英語、日本語、中国語による案内アナウンスがあるけど、グランド・キャニオンのできた由来とか大きさとかそんな事ばっかり説明していて、今どこを飛んでいて下はどんな所かと行った一番知りたい事を言ってくれない。ばかばかしくて切ってしまった。そのうちに草原のような平地になり、着陸した。 空港からバスで、まずロッジ風のホテルへ案内され、ここでもブッフェの昼食である。後で考えてみると、此処のブッフェが一番美味しかったような気がしてならない。特に、ビーフシチューのようなスープが良かった。ラスベガスから比べて10度くらいは気温が低い。暫く走ると「グランドキャニオン国立公園」入り口のゲートに着く。低い潅木に混ざって白樺の幹にような感じの松の木が目立つようになる。広い駐車場に到着。ハワイ生まれでまだ日本には一度も行ったことがないという中年の日本人ガイドが案内してくれた。この松は、「ユタ・ジュニア」と称して、直径30センチくらいの細い木なのに、樹齢はなんと7000年も経っていると聞いてびっくりである。高さ1米足らずの木でも100年も経っているんだそうだ。大昔海底だったと言う証拠が残っている。歩くこと数分で、サウス・リムの展望台に着く。リムとは土手の意味である。 ここに着くまでのグランド・キャニオンの観光とは、砂漠の中のある場所に数キロか数十キロの幅で両側に高い峰が続き、その間が深い渓谷になっていて、その渓谷の上を軽飛行機が周囲や地上を眺めながら蝶のように舞い飛ぶ、と言う様子を想像していた。小さい飛行機が急激に上下するのは余りいい気持ちだはないので、正直のところ行く事を躊躇していたのだが、飛行機の観光とは、往復の直線コースだけと分かり、ほっとしたものである。 展望台からの眺望は、簡単に文字で表すことはできない。ただただ、すごい!すごい!、ヘー!、物凄いや!、こんな光景みたことない!、などが第一声である。中には キャー!とまで言い出す人もいる。グランド・キャニオンの歴史を日本人用に作ってくれた観光飛行会社のパンフレットを要約すると、「今から3600万年前にロッキー山脈の北東部が地球内部から押し上げられ高原ができた、其の頃この付近を流れていた川が一つになって、コロラド河になり、何百万年もの間、大地を削り、谷を掘り下げてきた結果だそうだ。この掘り下げられた谷は幅が平均14km、深い所は1,600米もある。今でもコロラド河は時速19km以上の速度で流れながら、丁度紙やすりで板を削るが如くにグランド・キャニオンの川底の砂や泥を抉り取って、押し流している」。と書いてある。ガイドによると、我々が眺める範囲は、東京都23区とほぼ同じ広さになるということである。日本の各地に流れている谷川のなかで、川底が砂地の川は、あと何百万年か経つとグランド・キャニオンならぬ、スモール・キャニオンになって、日本中にぼこぼこ凹んだ景観を作り出すに違いない。なにはともあれ、その雄大さと地球自然の神秘に、ただただ感動した一日であった。 【写真説明: 上、フーバーダム。 中上、中、サウス・リムから眺める雄大な渓谷、幅約16km最深部は1600mある。 中下、周囲が削り取られた奇妙な山。 下、7000年前の松、この辺は海岸線だったと言われる。】 ≪ラスベガスへ行った話、全6話 終わり≫ ≪TOPへ戻ります≫ |