このごろ思うこと (6)

銀乃 川太郎
  最近は割合頻繁に外国での日本人の死亡事故のニュースを目にする。先日(日本時間5月2日)はボリビアのウジュニ塩湖(Uyuni:ウユニとも言う)でバス事故があり日本人観光客が5人も亡くなったという事故があった。昨日(5月12日)その遺体が棺に入って帰国したニュースが放送された。軽率な原因から起きたものも含め、次から次へ事件が続発する昨今なので、この事故などはとっくに忘れ去られているだろうと思う。このところ、国際ニュースはなんていっても、米国の大統領選挙と北京五輪の聖火リレーに関するニュースが大きく、ラテン・アメリカがらみのニュースは本当に少ない。ラテン・アメリカからの最新ニュースと言えは、この事故のニュースのほかには、パラグアイの大統領選挙、ブラジル移民100周年にちなんだ記事程度である。
  この事故のニュースを聞いたとき、私は、何であんなところで、しかも自動車事故とは、と信じられなかった。ウジュニ塩湖観光は日本で募集するパックツアーには含まれないので、普通の日本人が観光に行く場所ではない。事故に会った方々は、現地でツアーに参加したようなので、旅なれた人達で自分でルートやコースを計画したんじゃないかと思う。ラパスからは長距離バス、列車、それに途中のポトシまで飛行機で行くなどの方法があるが、いずれにしても塩湖の中では自動車しか移動手段はない。お客全員が死んだなんて、一体どんな道でどんな運転をしたんだろう。
  私は途中のオルーロまでは行ったことがあるが、ポトシやウジュニは遠すぎていったことがないので、現地の様子は知らないけど、途中までの様子から想像すると、道はまっすぐで簡易な舗装か石を固めたような道で、かなりがたがたするだろうと思う。スピードは日本人より無茶をするので、ひょっとしたら、そんな条件の道でも100キロを越していたのかもしれない。ただ、ボリビアの車は、国の半分が3000米を越えるアンデスの高地で、空気の薄い高原を走ることが多いので、古い車は馬力が出ないため新車や新車同様のものが多く、車自体の故障は少ないと思われる。縁もゆかりもない私は、お気の毒と言う気持ちの次に、事故から12日目にようやく帰国した遺体の処理や輸送費が大変だったろうな、などと不謹慎なことをつい考えてしまった。
  塩湖の中には四角い煉瓦のように切り出した塩の塊りを積み重ねたホテルが建っている。それにしても、ただただ真っ白い湖面を眺めるだけの、しかし、それでも、世界でも珍しい光景を眺められる、いうならば秘境僻地でも見る価値の高い観光地である。ウジュニ塩湖の写真を紹介する。上は広大な一面の塩の湖。下は切り出された塩の塊り、切り出した後は又乾燥して固まる。
【写真上:「空撮・南米大陸、清水武男 (株)クレオ 1995」。写真下:「民族探検の旅・第8集南アメリカ、(株)学習研究社 1977」】

  話しは全く変わるけど、12日に東京三菱UFJのATMが動かなくなった。報道を聞いた時、すぐに、35年ほど前の、東京国際電報局に導入した「TASシステム(国際電報自動処理システム)」の建設当時のことを思い出した。UFJの障害はまさにデバッグ漏れ(虫の取りそこない)である。TAS建設プロジェクトにかかわり、今でいうアプリケーション・プログラムを作っていた私達は、机上で何回も何回もチェックをし、あらゆるケースを想定して、これで万全と思って実際にコンピュータにローディングして走らせる。しかし、結果は常に無残である。絶対と思っていたプログラムが一度で正常に動くことは、百回に1回もない。人間がフローチャートを眺めて想定できるケースではどうしても見付からない穴があるのである。ましてや、銀行のシステムのような大規模なシステム建設では、事前にかなりの準備期間とテストを繰り返したであろうが、1発で満足に稼動すると思っていたとしたら甘いと言わざるを得ない。 この節、何かと言うとやたらに ”昔” を思い出したり、懐かしがったりするようになってしまった。

(2008.5.13 記)