ネットインタビュー (8)

---- フルトヴェングラーの完全ディスコグラフィーを完成した! 清水 宏 さん ----

今月のネットインタビューに登場していただくのは 清水 宏 さんです。
清水さんは名指揮者ウイルヘルム フルトヴェングラー (1886-1954) 没後50周年を記念してフルトヴェングラーの完全ディスコグラフィーを完成されました。HPは http://www.k2.dion.ne.jp/~ahsd2720/ (ディスコグラフィーとは、作曲家、演奏家などによって分類されたレコード目録のことです) 1950年代でしょうか、レコード喫茶店のコーヒー一杯でLPレコードに静かに聴き入るという時代がありました。その後世の中の流行はめまぐるしく変わりましたが青春時代の情熱を今も変わらず持ち続けておられる清水さんです。
今回はインタビュアーとして、クラシック音楽に深い造詣をおもちの 石川恭久 さんと 清水 さんとはKDD同期入社の 佐藤敏雄 さんに加わっていただきました。(鎌田光恵)


1.日本ではトスカニーニ、ワルター、ワインガルトナー、ストコフスキー等々そうそうたる指揮者の巨匠が広く音楽
  好きの関心を集めていた時代がありましたが、清水さんは何故フルトヴェングラーに傾倒されたのですか。
(石川)      

往年の大指揮者が多い中で何故フルトヴェングラーなのか、なるほど我ながら改めて自分に問い直しました。
核心となる理由は、やはりこの不出世の巨匠の芸術に録音物を通じてでさえ十分に共鳴・納得・感動できる場合 (演奏) が多いからです。
まず、演奏スタイルです。少しも不自然さ、喰い足りなさ、やり過ぎ (変な癖) ということがなく、全体として曲の本質、すなわち作曲者が意図した音楽的心情がよく分かる、なるほど素晴らしいと自分でも納得できるものですね。このことは同じ曲を他の指揮者と比べれば一発で分かります。もう1つの理由は、録音曲目のレパートリーがクラシック・メジャー曲として最もよく聴かれるドイツ、オーストリアものが中心であることと、幸いなことにライブ録音の量がワルター、トスカニーニよりはるかに多く残されて巨匠の真の芸術のありのままの姿に身近に接することができるからです。フルトヴェングラーが残した録音では、ワルター、トスカニーニらとは違い、メジャーのレコード会社によるレコード用録音は割合少なく、むしろ戦中・戦後の演奏会での実況録音 (ライブ録音) が数多く発掘されて殆どがレコード化されてきました。
フルトヴェングラーは聴衆の居る実況演奏でより威力を発揮し迫力ある演奏を行ったので、ファンは益々この巨匠に傾倒し、今日では昔のワルター、トスカニーニ、その後の帝王カラヤン等の人気をはるかに凌ぐこととなったのです。フルトヴェングラーほど数多くのライブ録音が聴ける指揮者はほかに例がないでしょう。

2.どの時点で好きになられたのですか?(佐藤)

SPレコードやラジオでクラシック音楽を聴きだしたのは学生時代 (1950年代) からでした。その頃はワルター、トスカニーニらの人気が高く、フルトヴェングラーという名だけは知っていましたし、1954年12月の新聞の訃報記事を見て愕然とはしました。
KDD入社初年 (1956年) に発売されたばかりのフルトヴェングラーの 「ベートーヴェン第九」(東芝盤) を名崎送信所のオーディオ・マニアの方から良い装置で聴かせてもらい、初めてその演奏に感動したことは今も記憶に残ります。しかしKDDの初任給では高価なレコードはすぐには買うには至りませんでした。やっとのことLPレコード購入第1号は同年の暮れに買ったフルトヴェングラーの 「ベートーヴェン第五」(東芝盤) ですね。特にフルトヴェングラーが好きだからと言う理由ではなく、単に東芝のフルトヴェングラー盤発売第1号記念ということですが。
その後1960年代になりフルトヴェングラーのLPが多く出るようになり、各種曲目の演奏 (録音) に接する機会が増え、ドイツ音楽を中心にその演奏の良さに次第に惹かれるようになったわけです。戦前から有名指揮者だったフルトヴェングラーですが、LPをいろいろ実際に聴いてみてその良さを実感し、認識していったのです。 「第九」 を聴いたことはそのきっかけにはなりましたけど。

3.どんな再生装置を持っておられるのですか? (佐藤)

主要なものは再生装置一式
メイン・アンプAccuphase model D-360 (stereo)
プリアンプAccuphasemodel C-260
 (stereo control center)
CDプレイヤーAccuphase model DP-55V
 (同期信号、ディジタル端子出力付)
スピーカー(2台)HARBETH ACOUSTIC HL
(英国産)
COMPACT 7 (2 way方式)
LPプレイヤーKENWOOD QUARTZ DIRECT
 DRIVE (33,45rpm turn table)
音質は音質は、どぎつくも無く物足りなくも無く、素直で
バランスが良いので、長時間聴いていても少しも疲れませんね。

4.新聞コラムで彼のナチスへの協力疑惑に関する話題を読みました。彼の苦悩は?(鎌田)

フルトヴェングラーとナチスとの関係は種々語られて来ましたが、ナチス (戦争) による巨匠の芸術への影響は大いにありますね。1933年以降ナチスの台頭に伴いワルターは自由の国米国に行き、トスカニーニも祖国を後にしたけれど、フルトヴェングラーは終戦近くまで祖国に踏み留まり、ドイツ音楽の伝統と祖国のオーケストラを守り抜こうとし、政治と芸術の狭間でいろいろ苦悩はあったわけです。オーケストラのユダヤ系奏者を極力それとなく擁護していたことは巨匠の当時の手紙等をみても分かるとのことです。HPにも詳説が載っています。
それだけに特に戦時中 (1941-45年) の演奏はその迫力の凄さで、壮絶とも言えるものが多い。年齢的に全盛期というだけでは片付けられなく、戦時という緊迫した背景が影響していますね。とりわけ1944-45年の戦争末期近くでは異常とも言えるほどの緊迫した演奏が残された録音から聴くことができます。戦後平和になった時の演奏録音も多いのですが、もっと落ち着いたスケールの大きな演奏になっています。60才代の指揮なのでまだ晩年というほどではないでしょうが、戦争か平和かの影響の違いも歴然としているようです。

5.日本フルトヴェングラー協会 (1969年創立) は盛況のようですね (鎌田)

日本には以前からフルトヴェングラーの演奏 (レコード) を愛好・信奉するファンが多く、とりわけ近年は外国よりも老若を問わず支持者層がますます増加していると考えます。
現在日本には、多くのフルトヴェングラー・ファンを対象に会員制の、日本フルトヴェングラー協会、東京フルトヴェングラー研究会 (1995年創立)、フルトヴェングラー・センター (2003年創立) という3つの団体があります。日本だけですよ3つもあるのは。これら団体のホームページ等をご覧になれば設立主旨、活動状況・予定などが案内されています。

1999年版〜2004年版 (没後50周年記念版) 日本人ファンの絶対総数は増え、フルトヴェングラーの芸術のどういう点に目を向け傾倒するかにより、ファン層にも多面性が出ているかと考えます。それだけフルトヴェングラーの芸術というのは根が深く、クラシック音楽を聴く多くの人々の間に広く浸透し、没後50年を過ぎた今なお芸術の輝きを放ち続ける、と思うのです。

最後に巨匠の全LP、CD等を完全記載した 「完全ディスコグラフィー」 についてですが、紙の資料の 「1997年版」 を皮切りに、現在 「2005年版」 をホームページに掲載しました。来年は 「生誕120周年記念版」 としたいところですが、少し気が早いですか。
説明: 日本人ファン向けに編集制作した私家版 「フルトヴェングラー完全ディスコグラフィー」 はファンにとって、世界に例を見ないバイブル的な資料です。右の写真は1999年版〜2004年版 (没後50周年記念版) の各資料 (冊子) を示します。
以 上
(佐藤さんの思い出話)
独身時代、彼は故野坂君や横井さんと代々木寮に住んでいました。ご存知の方もお出ででしょうが、あそこは環状6号線沿いで交通量が多い上、急な坂道の底に辺り、車の振動で古い寮の部屋が揺れるくらいだったとか。彼は大事にしているLPの針が飛ぶのを防ぐため、部屋の四方から紐でプレイヤーをつるして聴いていたとか。
普段は訥々とした物言いで余りしゃべらない彼が、音楽の話しになると実に生き生きとした表情で語る、本当にユニークな人柄の持ち主です。あのホームページは全部自分で作られたとか。彼の日常からは想像もできず、感服しました。 (終)