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ワールドカップのボランティアに参加して (後編)

k-unet 世話人
樫村 慶一

「空港並の警備体制」
今では、先駆者である「幕張メッセ」のお株を奪ってしまったような、"横浜みなとみらい地区"の「パシフィコ横浜展示ホール」はさすがに大きな建物である。これを高さ3米くらいあるジュラルミンの塀で囲み、3箇所ある出入り口には、常時警官とガードマンが一緒に警備している。
もっとも、中には世界中に中継する放送設備があるし、MACには先に述べた、プライバシーのぎっしり詰まったデータファイルがあるしで、警備が厳重なのもうなずける。特にMACは、関係者が先ず必ず訪れる場所なので、始めは来る人の身分が分からないため、入るのは特に厳重で、まさに成田の搭乗受付カウンターに入る時のような厳しい検査を受けなくてはならない。
鞄やハンドバッグの中身は全部トレイに開けて、X線透視を受け、コインを含む金属は全部ガードマンに手渡し、金属探知ゲートを潜るのである。ここだけで、警官や女性を含む5〜6人のガードマンが24時間目を光らしている。我々から見ると、こんなに厳重にしなくても良いと思ったものだ。結局何にもトラブルは起きなかった。我々が飲む缶ジュースまでもが、みんな金属探知機を通っていたと言う嘘のような話もある。

「FIFAの独善」
ボランティアへの応募の動機が単純なものだったので、事前にFIFAだとかJAWOCなどと言う略称の意味を全く知らなかったが、段々分かってくると、FIFAという組織の強力で、独善的で、官僚的な性質が段々分かってきた。一口に言えば、日本か韓国のどちら一方に主催させたんでは後々まで喧嘩するだろうから、両方にやらせてやったんだ、といわんばかりのようである。
何か問題があっても両国の組織委員会(日本はJAWOC)が合議してからFIFAに物申すので、能率は悪いし、プレッシャーも弱い。ボランティアやっていて、身近なことで、いろいろ気がついたことを2〜3披露してみよう。例の首下げ身分証明者を申請者に渡す時のセリフが笑ってしまう。「お待たせいたしました。何番の番号札をお持ちのお客様は、A(ABCと3つある)の窓口までお越し下さい」と言うのだ事務局の若いお兄さんに言われた。女の子たちは、黙ってそのように言っていたが、どう解釈しても"お客様"ではないし、余りにも長ったらしいし、聞きにくい。小父さん達で、何故もっと簡略に言わないのかと聞いたら、FIFAのマニュアルを訳したらこうなるので、変更するにはFIFA様の許可がいると言う。
此処は日本だ、もっと軽い言い方があるだろうと言いたかったが、そこはボランティアの悲しさ、勝手にしろと言うわけで、小父さん達は余りこのセクションは好まなかった。ただ、此処には申請者を待たせるのでテレビがあり、唯一勤務中に試合が見られる場所なので、その点で若者には人気のあるセクションであった。
今度のワールドカップにも公式スポンサーと言うのが沢山いて、かなりの協賛金を払っている。そのため、ボランティアを含めて関係者は。すべての施設内ではこのスポンサーの製品以外は使えないし、身につけられない。飲み物はココーラ以外はラベルを剥がせ、着るものも履くものもアディダスのものか、無地のものだけ、カメラを持ってくるならフジフイルム製品じゃないとだめだとかいった類である。まあそれでもそれほど不便は感じなかったので大して気にはならかったが、それにしても、使う自由着る自由飲む自由がこんなに束縛されたのは始めてだ。
新聞にもでたが、成田の空港で歓迎の横断幕に「WELL COME TO NARITA」と書こうとしたら、成田は試合会場じゃないので、だめだとか、文字のフォントや色がスポンサーのものと同じだからだめだとか、数え上げたら切りがないくらい細かいこと頃まで口をだしようである。こんな独善では放映権料が高くなるのは当たり前だし、官僚主義だから切符の販売ミスだって自分が悪いなんて言う筈がない。それでも世界をあれだけ沸かす勧進元では、長いものに巻かれるしないのかもしれない。

「こぼれ話」
アルゼンチンのパスポートの写真は皆斜め向きである。以前私がブエノスアイレスにいた頃の身分証明者の写真もそうだ。受け付けの女の子が不思議そうに言うので、これは、顔は整形できるが耳は出来ないから、この角度からの写真が本人を確認するには最も合理的なんだと教えた。なるほどと幾度もうなずいていたのが可愛らしいものだった。
安い弁当も、日本チームの試合がある日は少しはましな内容になる。たとえば鰻飯だとか赤飯だとかである。その代わり翌日の弁当は腐ったような鯖の煮つけだとか、ブロッコリーばかりが半分以上占めているなど、平均よりはぐっと落ちる。弁当予算は期間中全体で計上していたようである。缶ジュースの箱だけが、荷物検査のベルトの上を滑り金属探知機の検査を受ける。やるなら徹底的というようであった。
首下げ身分証明書は日本が発行しても、韓国で発行しても両国で共通であり、両国の空港でもパスポート代わりに通用する。従って、パスポートの名前と事前登録した名前が一致していなくは発行できない。ところが違うのがしばしばある。一番多いのは、セカンド・ネームが頭文字だけになっていたり、全く登録されていなかったりするケースである。このようなケースは、別室に呼んで、韓国側と打ち合わせ両方の登録名簿を同じように修正するため、かなりの時間を待たせることがある。一緒に来た人が終わっているのに待っているのは本当に気の毒であったけど、我々としては、精々日本の紹介などの世間話で相手をしてやるしかなかった。

「ボランティアを終わって」
6年前に日韓共同開催が決まり、3年前からJAWOCが具体的活動を開始し、ボランティアの講習は10ヶ月前から始まった。でも本番に入るとあっと言うまに終わり、あの興奮は、大潮の引くように去り、まだ1週間しかたっていないのに、もう1ヶ月も経ったような気がする。これからは日本スポーツ界に燦然と輝くイベントとして、歴史に刻まれて行くのだと思う。それにしても競技を主宰した各機関のエネルギーは物凄いものがあったけど、なんと言ったってボランティアがいなければ、恐らくFIFAもJAWOCも手も足も出なかったと思う。
好きな人ばかりと言え、1万数千人を2ヶ月間、只で使ったんだから大したものだ。FIFAの、大はテレビ放映料から各地の会場でのCM,それに、あの色ついたボール・マークを使った小さなグッズまで入れた著作権の収入は莫大であろう。それはそれとして、5月初旬から6月中旬まで16回奉仕した私個人の決算は、金銭面では交通費がかなりの出費になった。
ボランティアの多くは横浜市内の人で、あとは都内・近郊だが遠くは北海道から来た人もいた。この人などは勲章ものであろう。しかし、お金のことを言うのはボランティア精神に反することで、日本にとっては今世紀中には2度とないなどと言われていることを考えると、人生最大で最高の貴重な経験をしたことを誇りに思わなければいけないと思っている。最後にk-unet会員である、板羽高之さんも埼玉県のボランティアとして活躍したことをご紹介しておきたい思う。
おわり (2002.7.7記)


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