散歩道のかたわら気になる物体が転がっている赤錆でぼろぼろ、1.8mの筒の形をしていて上部にベルトをかける部分があるのでモータ駆動により筒中の軸を回転させる仕組みにみえる。
この地帯は昔から利根川の付け替えや赤麻遊水地築堤に阻まれ排水が悪い地形になっている、台風の襲来とともに堤防は破壊し大洪水被害にみまわれることもしばしば、各集落を包みように大中の輪中堤を積み重ねていた、当時は、あたかも城壁に囲まれたような景観となっていたそうです、ゆるやかな地形は排水も悪いが取水もままならない、日照りが続くとすぐ水不足になってしまう。
トマソン学でいう無用な長物を路肩で発見以来、散歩コースの観察プログラムとなった。筒の中ほどにハンドルがついていることから持ち運ぶものである、古くは水車を使い潅水したというこの地方のこと、そんな連想から筒を縦にして思考にしてみると田から田へ落とされた排水をさらに汲み上げて使う仕組みがみえてくる。
他の地方ならではの苦しまぎれの発想であり村の鍛冶屋のつくりであろう、この筒の中に螺旋形の羽根車があればアルキメデスの水車ということになる、そんな古典再現の夢をかけヘリカルを視覚として説明してみよう。モダンな建物の群馬県館林美術館の別館を訪れた、ここに鎮座しているリンゴしぼりの巨大螺子が目に留まる、彫刻家が農家にあった廃物をアトリエに飾り創作の発想に眺めていたという、どんな使い方か美術館でも分からないという難解物でした。村の発明家も木製の水車をヒント、農村にも電気がきた頃ついに電動水車が生まれ大ヒットしたであろう、そんなトマソン的歓喜がつたわってくる。
この物体の観察はまだ続くのだが残念なことにアルキメデスの夢が消えた、筒の下にシロッコ形の羽根が見えていた、田んぼの揚水は現在浅井戸から水中ポンプの深井戸に替わり、さらに緊急時にポータブルポンプで土中に突き立てたパイプから揚水する。
短波の大電力送信機に使うインダクターのLは銅管中空パイプの螺旋形で巨大だ、周波数が高くなるとアルミアングルの角型でもコイルでした、巻くことより丸めて小さくまとめるといってもよく、電線を梱包すると円に巻くようなものでした。
蛇の穴ではなく<じゃかん>という。昔の人の工夫はすごく、水冷式真空管の冷却に水回路を使い蛇がとぐろを巻いたような物を使う。床のアース電位と陽極の高電圧10KVとそれに高周波電圧がのるので高電位になる、それを1mほどの高さの真空管と水路で結ばなければならない、初期は瀬戸物のパイプをぐるぐる巻いた、直径が大きいので引き伸ばすとかなりの長さになりの抵抗で保っている、その後ビニールパイプを使うようになっても設計形状は同じである、それも水の導入と排水側の二重構造になっていて二本のパイプが一対、INは水でもOUTはお湯であった。送信機の高耐圧に苦労したが水回路での電気的ブレークダウンはなかった、立派に水抵抗だけで支えてられていた、水の純度はさほどではないから電気分解による蛇管の接続にスケールのつまりができ泣かされた。
水の話で思いだした、東南アジアへ送信機を移転したとき、なんとしてもパワーが出ないとテレックスがはいった、現地とタイアップしとことん分解してみたら、解ったことは現地で使う冷却水の水質が悪くDCの高圧が上昇するとリークしたのだ、それでも現地で苦労して純水といって買い求めたという、買ったところが悪く自動車のバッテリーにつかう電解液のようだということでした。
自然志向がすすみ直行三面張りの水路に批判があつまる、しかし溜めこんだ水にも生気がない、公園の池にヘドロが溜まる、ダムに土砂がたまり寿命がつきる。停滞も直行も問題があって適当なメンテナンスを忘れると子孫に大きな負の財産を残してしまう。見直される生物生息の空間の蛇籠も流れにあっては水の浄化に役に立っている。
生物界にはたくさんの循環システムや寄り道が存在していて適当な制御と漏で安定させている、リタイヤ生活でボーとしてコイルと蛇籠の関係を知る、二重螺旋構造の蛇管もよく出来ているがDNAの二重螺旋も親戚らしいと怪しげな推察が続く、小さな容積に情報を効率よく詰め込む構造にも螺旋形に秘密があるようです、電気屋の頭では制御まで理解したが、おぞましいリークの世界など考えてみなかった。