Sugar & Salt Corner
No.27    2006年3月17日
佐藤 敏雄 

かまきりと地震予知

(IEEE Spectrum Dec. 2005 その他より)

かまきり博士

かまきりの絵
かまきりの絵

かまきり・・・「蟷螂(とうろう)の斧」などと、風車に向かって槍を振り回すドンキホーテのような はかない抵抗をする者の代表のように言われています。
ところが、このかまきりが我々人間の力では及ばない、自然の変化を予言する能力があるらしい。我が郷里、 長岡に、このかまきりを観察して中越地震を予知 していた人がおります。酒井與喜夫さん、人呼んで「かまきり博士」

昔から、カマキリが高いところに産卵した年は大雪になると言われています。博士はかまきりの生態を綿密に調査し、 これを科学的に検証して毎年の積雪量を予想してきました。一口で言えば、かまきりは樹木を通じて地面と 空気中の水分の量を知るらしい。すなわち地中の音が大きく聞こえる時は地面が乾いており、大地より空中に 水分が多く含まれることから大雪や大雨になると判断し、雪で卵が死んでしまわないよう高い所に産卵するのだとか。 博士の測定によればこの音の周波数は4〜660Hzだそうです。

もっと凄いのは、かまきりが中越地震を予知していたというのです。博士は、小千谷市、長岡市から弥彦山 あたりまで、周りと比べて8倍から10倍も高い所に卵が産み付けられていることを発見されました。このような 現象が平成6年から連続的に上昇し続け、もう限界に近いと思われることから、2004年、その地域で12月から 翌年2月頃に地震がありそうだと小冊子に書いておられたのですが、10月に中越地震が起こってしまいました。
http://www.nagano-cci.or.jp/tayori/680/ts_680.html

超低周波電波の異常
過去における地震発生の記録を調べ、衛星により地層の動きをモニターしたり、地下の歪みを測定することにより 一定の地域に対し30年以内に地震の起こる確率を正確に算出することが出来るようになるといわれています。が 、余りにもあいまいで、短期的な予測はまだ不可能な状態です。
しかし、現在、もう一つの現象、すなわちULF(0.001〜3Hz)、ELF(3Hz〜3kHz)という超低周波電波の異常現象に 注目が集まっています。

人は昔から地震直前に妙な無線電波や不思議な光が発生することに気付いておりました。以下、このような事例の いくつかを挙げます。

地震光○  1995年のマグニチュード(M)6.9の神戸大震災では、地震発生の数時間前に幅200m、長さ1ないし8kmにわたり、 白、青あるいはオレンジ色の光が空を覆ったという報告が23件も寄せられたといいます。
○ 1989年10月3日、のサンフランシスコ地震(M7.1)の2週間前、スタンフォード大学では周波数0.01Hzの信号が 通常の20倍に上昇したことを検知しましたが、地震の3時間前これが60倍に跳ね上がりました。この異常は余震の 続いた数ヶ月間続き、やがて消滅したそうです。同大学ではこれを契機に、QuakeFinderという測定ネットワークを 設置したそうです。
○ 1988年12月のアルメニア地震(M6.9)でも、1993年8月グアム島のM8.0の地震でも同様な観測がありました。
○ 1999年9月、台湾の地震(M7.7)の直前、磁気測定器が大きな異常を検出しました。
○ 2003年9月、カリフォルニアでのM6.0の地震の9時間前に、0.2-0.9Hz帯で通常の4〜5倍の変動を認めています。

大気の絶縁低下
磁気変動のほかに大気の絶縁が低下するという現象があります。これは15cm四方の金属板を1cmほど離して設置し、 50Vの直流電圧をかけた導電率測定装置を使います。通常はこの金属板の間に電流は流れませんが、地殻の破壊 などで大気中に帯電粒子が出来ると大気の絶縁が低下し、微小な電流が流れ出します。2004年に上記QuakeFinder はカリフォルニアのモハービ砂漠の25箇所にELF電波検出器と導電率測定装置を設置しましたが、まだ大きな 地震に遭遇していません。

衛星による監視
衛星を使えば広範囲な地域での磁気異常を捉えることが出来ます。

○ 1,989年アルメニア地震の直後、ソ連のコスモス衛星が、震源地近くの上空でELF波の擾乱を観測しました。 この現象は約1か月続きましたが、残念ながら地震直前のデータは採られていませんでした。
○ 2003年、米国のQuakeSat衛星はカリフォルニア州San Simeon地震の2ヶ月前から数週間後までELF波のバースト を観測しています。
○ 2004年6月フランス等のコンソーシャムが、イオン濃度とELF電波を観測する DEMETER (Detection of Electro-Magnetic Emission from Earthquake Region)衛星を打ち上げました。 10月のカシミール地震の時にはまだ準備が整っていなかったようです。

衛星で検知された赤外光線も地震予知に利用できる可能性があります。
○ 中国では過去20年間に何回かの地震の直前に、4ないし5℃の急上昇を認めています。
○ NASAの地球観測衛星Terraは、2001年1月インドにおけるM7.7の地震の5日前に震源地上空で明らかに気温 の変化とは異なる「温度異常」を検知していました。

無線電波での監視
GPSの信号でも地震予知は可能かもしれません。地下で発生した荷電粒子は地震の数日ないし数週間前に、 70km上空の電離層の電子の総量を変化させます。もし地上がプラスの電荷で満ちているとこれが電離層の 電子を引き寄せ、直径100kmほどの地域の空中電子密度を減少させます。このような電子密度の変化はGPSや その他の無線信号の受信状態に変化を及ぼします。一定の地点でGPS衛星の2信号の位相差の変化をモニター すれば電離層の変化を知ることが出来そうです。
○ 台湾の研究者は1997年から1999年の間に、144回の地震を調査し、M6.0以上の地震の1ないし6日前、 電離層の電子密度に顕著な変動があったことを観測しています。
VLF(3-30kHz)並びにMF(中波)(3-3MHz)での観測も可能です。夜間に遠方の放送がよく聞こえることは 周知の事実です。地殻異常で生じたホール(プラス電荷)は電離層の高度を下げますから、地震前後の夜明け前 の電波強度の変化は著しいものがあるでしょう。

身近な観測者

地震雲1地震雲2
私の友人、松岡徹さんは、相模原市内で毎日多数のFM放送電波の強度を記録し続け、興味ある人達にデータ を提供しています。最近、新しい測定装置の整備をすませたようで、地震発生とFM電波強度の相関が明確に なればとその成果が期待されます。上左は氏から送って頂いた地震発生を予告するという雲(地震雲)の写真です。 上右は私が自宅で撮影したものですが、地震との関連はまだはっきりしません。
八ヶ岳南麓天文台を開設している、串田嘉男さんもFM電波で観測網を持っていることで知られています。 この人はFM検波器の誤差信号を使って受信周波数の変化を観測しているようです。

ネットワークの必要性
地震と電磁波現象の関連は次第に明らかになりつつあります。中国、フランス、ギリシャ、イタリア、台湾、 米国、日本などで、よく知られた地震頻発地域の観測が続けられています。地震予知には、地上センサー並びに 衛星の観測データが総合的に使用されなければなりません。衛星は広い地域をカバーできますが、ELF信号は 発生場所を特定することが困難です。地上センサーは装置の感度にもよりますが50km程度と狭い範囲しかカバー しませんが、遥かに高精度です。このようなセンサーのネットワークを作れば10ないし20km程度の範囲の 地震発生を検知できるでしょう。 地震の惨禍カリフォルニア州なら、200から300箇所程度のELF並びに大気導電率測定装置が あればよいことになります。
QuakeFinderや他のグループではこのような電磁的な測定と、地殻の物理的なズレの測定結果を組み合わせて 検討する組織を作ろうとしています。それぞれの観測結果を比較することにより予知は信頼性の高いものに なるでしょう。これにより、異なった観測結果が、ある特定の地域を指し示しているという事実から、数週間、 数日、あるいは数時間前に警報を発することが可能となるでしょう。

そのために
地震予知は極めて有用ではありますが、まだそのようなシステムはひとつとして出来上がってはいません。 公の機関が利用できるようにする前に、データの信頼性を保障するための科学的な基礎を固めておく必要が あります。そのための経費は莫大ですが、失われる人命とインフラの損害を考慮すれば、問題にはならない はずです。

付録: 何故、地下岩石の破壊で電波が発生するか
岩石は通常の状態では絶縁体ですが、巨大な結晶質の岩盤が長い年月の緩やかな“きしり”により変形し、 更には劇的な滑りすなわち地震により破壊される直前に、地中に強大な電流が流れ、電磁波の異常現象、 すなわち発光や電波雑音の放射が起こると考えられます。何故このような電流が流れるかは、未だミステリー の段階にあるようです。 一つの理論は、岩石の変形が、原子を不安定化し、大量の電子を自由化し、プラスに帯電した電子欠陥、 すなわち「ホール」を作り出すなどというもので、NASAのAmes研究センターでは実験室内でホールが生成 されることを検証しています。このようなホールは岩石の間を伝わって地表に現れますが、一方、電子は 地中深くマントルに向かって流れます。このような電荷の流れが岩石の磁界を変化させ、地表にまで現れる というものです。
もう一つの理論では、岩盤の破壊が地下数千メートルにあるイオン化した地下水を岩盤の隙間に流し、 この水流が岩石の電気抵抗を減少させ、電流が流れやすくなるというものですが、この説には異論もある ようです。

理論は兎も角、発生した電流は地震発生地帯の磁界を変動させますが、その変化は極めて緩やかで、 波長は3万km(周波数は10Hz)程度であるため容易に地中を伝わり、地表面で検出することが可能となります。 これより高い周波数は地面により減衰し急速に消滅します。

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